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命の灯火

 大好きな叔母の「命の灯火」が、間もなく消えようとしているようです。

 私は、カナダです。青い空の下、ひたすら祈る事しか出来ません。赤ちゃんの頃から、共働きの両親の代わりに、私達を愛情一杯で育ててくれました。

 叔母の家の学区の小学校に通学し、学校から帰宅すると、叔母はランドセルを開け連絡帳と宿題の確認。そして、私達が遊びに行く前に、必ず宿題をきっちりさせる人でした。

 礼儀作法も厳しかったです。テーブルマナーはもちろん、来客をお見送りする時も、車の場合はテールランプが消えるまで、徒歩の場合は、来客の姿が見えなくなるまで、家の中には入れませんでした。

 おやつは、いつもホカホカの味噌おにぎり、ところてん、プリン....叔母のおにぎり、美味しかったな~。

 車の免許のない叔母、雨の日も雪の日も、徒歩か自転車でお稽古事に連れて行ってくれました。学校で優秀な成績を収めると、母親以上に喜んでくれ、卒園式、卒業式の日は、顔をクチャクチャニして嬉し泣きしてくれた人です。

 大人になっても、ずっと私達の成長を気に掛けてくれました。仲良しだった妹である私の母が闘病生活を送った時も、自分も辛いのに、私達の食事を病室に届け、励ましてくれました。母の最期が迫っている時は、黙々と私達の自宅の和室に祭壇が置けるように、一緒に片付けてくれました。

 その二年後、夫である叔父も同じように闘病生活に入りました。子供のいない叔母は、ほとんど誰にも頼れず、一人踏ん張って、病院に通いました。叔母と一緒に叔父を病院で看取った時は、おいおいベッドの傍らで、叔母は泣きじゃくりました。あんなに泣いた叔母を見たのは、あの時だけです。

 それから、伯母は「認知症」と診断されました。家を訪ねると、いつも私やMarimo、Farを笑顔で優しく迎えてくれました。同じ話を、何度も、何度も、自分の幼少の頃のこととか、楽しそうに話していました。

 「ありがとうね。すみませんね。」
 いつもペコペコ頭を下げて、「認知症」でも周囲に気を遣う、とっても控えめな人でした。

 いてもたってもいられなくて、義理ママに電話しました。義理ママは、一緒に悲しんでくれたと同時に、自分自身もカナダに滞在していて、デンマークの実父を見送れなかったといいました。デンマークでの本葬の時間に、ひたすらカナダでキャンドルを灯して、お祈りをした旨を明かしてくれました。

 いろいろな事情を分かってくれる、海外在住の辛い気持ちを理解してくれる、義理ママのお陰で、少し気分を持ち直せました。しっかりしなきゃいかん、と思いました。

 大好きな叔母の「命の灯火」....本当に消えてしまうのでしょうか?


20130425

 

同じ経験、きっと、みなさんもありますよね?
日本って、やっぱり遠いですよね。
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